筋肉の自動化から脳機能の拡張までAIは臨床検査室にどんな変革を起こすのか

2018-10-03

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Siemens Healthineersが行った病院経営層や臨床検査部門トップら200人を対象に、AIが近い将来どのような影響を臨床検査に及ぼすかについて調査しました。

  • 69%が、4年以内にAIが臨床検査室で活用されると回答
  • 92%が、AIは医療に大きな影響を与えると回答
臨床検査室におけるAIの未来についての調査(2018年)
臨床検査室におけるAIの未来についての調査(2018年)

AIは、患者にも医療提供者にもポジティブな影響をもたらしてくれると期待されています。その理由としては、次のようなものがあります。

  • コスト削減
  • 患者経験の改善
  • 医療業界全体の効率向上

AIの動向や可能性をよりよく理解するために、まず、AIとは一体どんなもので、医療業界ではどのくらい活用されているのかを見ていきましょう。

AIには、医療サービスの提供方法(ケア・デリバリー)そのものを変革する力があります。つまり、診断精度の向上から患者ケアの改善にいたるまで、業界全体を発展させる可能性を秘めています。ところがAIは難解なものというイメージがあるのも事実で、大規模な変化や未知のリスク、想像を超えた新しい発見など、専門家ですらAIについては予測がつかない状態です。とはいえ、かつて医療業界はこれと似たような大きな変化を経験しています。19世紀後半に導入されたX線技術は、今のAIと同じような畏怖の念で受け止められ、最終的には医療の世界に大変革を巻き起こしたのです。

X線を発見したドイツ人物理学者ヴィルヘルム・レントゲン
X線を発見したドイツ人物理学者ヴィルヘルム・レントゲン

1895年、ドイツ人物理学者ヴィルヘルム・レントゲンがX線を発見し、この技術を使って妻の手をスキャンしました。妻は自分の指の骨の写真を見て、「まるで自分の死体を見たようだわ!」と叫んだと言われています。当時の医師たちにとって、見たことのないものが見えるようになったという衝撃は大きく、X線はまたたく間に医学界を席巻しました。歴史上初めて、医師は体内の徴候で判断できるようになり、それによって診断能力は大幅に向上したのです。

しかし、当時の盛り上がりは2つの不安を駆り立てることになりました。プライバシーの侵害と意図せぬ結果です。しかし、X線画像が医療業界にもたらした功績は大きく、それにより、業界全体がプライバシーと安全性に関して取り組むようになるなど、X線は今なお医用画像分野で重要な役割を果たしています。

患者情報やプライバシー保護に関する懸念をはじめ、人間よりも“インテリジェント”な機械がもたらす予期せぬ結果に対する恐怖まで、さまざまな不安が渦巻いているのは事実です。しかし、X線と同様、AIは根本的なところで医療そのものに変革をもたらすでしょう。

このホワイトペーパーでは、以下の点についてまとめています

  • AIとは何か、また、AIと臨床検査室との関連性ついて
  • AI活用の道すじとは?
  • 法規制や診療報酬がAIの活用にどう影響するか
  • AIという新しいテクノロジーを取り入れるために、今日からできる具体的なアクションとは
調査結果:臨床検査室におけるAI
調査結果:臨床検査室におけるAI

このホワイトペーパーでは、医療、とりわけ臨床検査室に焦点を当て、AIを次のように定義しています。

AIとは、高度で洗練されたソフトウエアシステムのことで、コンピューターが人間の知性や意思決定を増強したり、模倣できるようにするもの。

AIのカテゴリーの中には、アルゴリズムを使用してデータを解析し学ぶ「機械学習」があり、この学習を通して気づきをもたらしたり、推奨したりします。システムは専門家の認識や意思決定を模倣することで学習します。

診断結果がわかっている腫瘍画像など、既知の結果を蓄積した大量のトレーニングデータを分析することで、システムはパターンを認識、次のスキャン画像に対して、意思決定につながる兆候やサインを自動的に把握し、分析します。

もしアルゴリズムが誤った検出や診断をしても、専門家によって訂正することができます。アルゴリズムの次のバージョンは、これらの誤りから学んだことが反映されています。

他のソフトウエアやコンピュータ関連技術とAIとの決定的な違いは、AIはデータや経験から学び、改善する能力を持っているということです。ソフトやコンピューター関連技術は複雑なタスクをこなせますが、臨床医や患者の意思決定を強化するようなプログラミングがされていないため、アクションを起こしたり結論を導き出すことはできません。

医療においては、トレーニングや有効性検証、継続的な学びで大量なデータが使用されています。たとえば以下のようなものです。

  • カルテ
  • 国民健康医療電子記録
  • 医学研究
  • 臨床検査室情報システム(LIS)データ
  • 解析診断、画像診断、ビデオ診断
調査結果:多くの臨床検査室が、何からAIを始めたらよいかわからないと回答
調査結果:多くの臨床検査室が、何からAIを始めたらよいかわからないと回答

AIの未来について、臨床検査室に対する調査(2018年)では、

  • 69%が、4年以内に臨床検査室でのAI活用が進むと回答
  • 54%が、何から始めたらいいかわからないと回答

実際には、AI活用はすでに始まっています。

  • 49%の臨床検査室が、AIについて何らかの取り組みを始めている
  • 34%が、AIについての取り組みを始める計画があると回答

「AIは間違いなくインパクトを与えるでしょうが、今の段階でそれを語るのは時期尚早です。私たちはアルゴリズムを利用して、治療計画と実際のケアにギャップが見られる患者を特定しています。完全なAIとは言い切れませんが、より先進的ではあります。将来的には、AIはより洗練されていき、患者が何を必要としているかを特定できるようになるでしょう。

Eric Carbonneau, Director Core Laboratory Operations, TriCore Reference Laboratories, United States
 

Carbonneau氏が言うように、私たちはまだ初期段階にいます。

  • 実際にAIを活用しているのは、全体の20%
  • AIについて議論しトライアルを行っているのは、全体の29%
調査結果:臨床検査室におけるAI
調査結果:臨床検査室におけるAI

ステージ1:マニュアル作業をオートメーション化する
革新的な技術への投資は、細かく煩雑なマニュアル作業を減らし、臨床検査のプロセス全体の効率を向上しました。多くの場合、すでにオートメーション化を実現している病院や臨床検査室のケースです。

ステージ2:デジタル化による情報の流れの自動化
ルールに基づいてプログラミングし、臨床検査室内の人による作業と意思決定を置き換え、ワークフローを加速化、エラーを低減しました。手書きの結果報告や手作業による編集をデジタル編集に変え、即時に医師に転送できるようになりました。これらの技術には次のものが含まれます。

予知保全は、システム障害が起こる前に問題を予測
予知保全は、システム障害が起こる前に問題を予測する
  • 検査オーダーの自動化
  • 自動検証
  • ワークフロー管理
  • スマートなルーティング
  • 臨床意思決定のサポート

自動検証により、人が介在することなく正確で一貫性のある検査結果が得られます。ソフトウェアが反復性の高い作業をこなすことで効率を高め、人的ミスを減らし、生産性を大幅に向上させます。

さらに、予期しない問題によって作業が妨げられることがないよう、予知保全技術によってシステムを常時監視し、修復に必要な時間を率先して割り出し、主要な分析装置のダウンタイムを削減します。


診断の意思決定支援システム
コンピューターによる検出・診断は、患者の電子健康記録(EHR)、臨床検査の結果、診断画像など利用可能なデータを分析するアルゴリズムを用いて、臨床医に可能性のある診断提案をします。それにより、診断の正確性がおよそ9%向上しました1

この技術は診断意思決定支援システム(DDSS)と呼ばれており、一例として、自動心臓リスクアセスメントというものがあります。これは、世界的な心臓リスクについてのスコアを臨床検査データやEHRと組み合わせ、コンピューターでリスクを階層化するものです。慎重なキュレーションを経て、利用可能なデータの量も質も上がるため、診断・治療の自動推奨に対する信頼性はますます高まるでしょう。

DDSSは、主に3つ方法でコストを削減し、患者のアウトカムを改善します。

  • 診断を下すための検査項目の理想的な組み合わせを推奨する
  • 自動化により臨床医の業務に優先順位をつけ、より重要な業務に集中してもらうようサポートする
  • 改善されたアルゴリズムにより、より迅速で正確な診断と治療が可能となる

DDSSの目的は診断医に取って替わることではなく、意思決定を強化することです。

オランダの大手検査センターResult Laboratoriumのメディカルディレクター、Warry van Gelder氏は以下のように語っています

「今後2〜3年で多くのことが期待できます。AIは医師の持つ専門知識を妨げることなく、煩雑で手間のかかる作業を簡単に自動化するために役立っています。今もこれからも、医師が担う仕事は幅広くありますが、種類の違う業務があるのも事実です。つまり、AIプログラムにたやすく翻訳できないような、本物の専門知識のことです」。
 


調査結果:臨床検査のトップたちは、AIの未来をどう見ているか?
調査結果:臨床検査のトップたちは、AIの未来をどう見ているか?

ステージ3:臨床検査のリーダーらが見るAIの近未来
医療、とりわけ臨床検査業務は、急速にAI活用に向かっています。病院経営層や検査室の管理者らを対象とした調査では、

  • 69%が、4年以内に臨床検査室でのAI活用が広まると回答
  • 88%が、AIは臨床検査室にとって重要なものになると予測

回答者は、患者ケアのパス、病変の検出や診断、慢性疾患の予防などが、今よりもさらに改善されるのではないかと期待しています。

AIを活用している病理学者は診断精度が高い
AIを活用している病理学者は診断精度が高い

AIは導入初期の段階で、マニュアル作業を削減またはゼロにし、意思決定を迅速に行えるようにします。とはいえ、医師や検査室技師の業務を完全に置き換えてしまうことは期待されていません。AIは日々のルーチンワークを合理化することで、臨床医がもっと複雑な案件に集中できるようサポートします。

MITとハーバード大学が2016年から行っている共同実験の結果がAIの可能性をよく示しています 2。この実験で共同チームは、がん性のリンパ節を正確に特定するという目的で3つのグループに分け、それぞれのパフォーマンスを評価しました。

  • 病理学者のみ
  • AIのみ
  • AIを活用する病理学者

リンパ節の疾患を正しく検出したのは、病理学者のみのグループが96%、AIのみのグル―プが92%と、病理学者のみのグループが上回った。しかし、病理学者がAIを活用する場合、99.5%という高精度で症例を診断することができました。

チームは、病理学者によるミスの多くは時間的プレッシャーによるものであり、AIが単純な症例を選別しておけば、人は複雑なスキャンに時間を費し、精度を上げることができると結論付けました。

遺伝子診断における機械学習とパターン認識
遺伝子診断における機械学習とパターン認識

ステージ4:主流になっていくAI
AIは学習と改善を繰り返しながら、患者以外とのやり取りも処理できるようになるでしょう。患者ケアの流れすべてを変革すること、これがAIに期待されているのです。つまり、EHRの確認から検査の発注、診断情報や症状、リスクプロファイルや人口統計までを統合し、診断と治療のオプションを推奨することです。

アンケートの回答から、AIへの期待には深い洞察(Insight)が込められていることが変わります。

  • 90%: AIは今後10年のうちに、診断プロセスに意義深いインパクトを与える
  • 88%: エラーを減らす
  • 86%: TATを改善する
  • 81%: 患者アウトカムが改善する
  • 78%: 根拠のないばらつきが減る

医療の中心分野でAIを取り入れることの障壁になっているのは、コスト、トレーニング不足や法規制です。導入に当たっては、患者と医療業界の双方がAIの知見に信頼を置くのと同様に、規制当局からの効果的な監督と承認を得る必要があります。

次に、現段階での法規制や今後数年間におけるプロジェクトがどのように変化していくかを見ていきます。

臨床検査室のワークフローを最適化するAI
臨床検査室のワークフローを最適化するAI

ヘルスケア業界のリーダーたちは、AI活用に関する規制の影響を懸念しています。回答者の81%が、規制が大きなハードルだと考えています。現状は、既存技術とAIとを同じ方法で評価しており、そのために多くの懸念が生じています。

現在の法的承認の枠組みは、「静的な」ソフトウエア用に開発されたものであり、内容が更新されるたびに報告や申請の必要があります。しかし、AIは自律的に情報を分析・学習し、データを用いて相関関係を見つけたり、予測したり、意思決定を行うなど、継続的に進化を遂げる、本質的にダイナミックなものなのです。

どのようにデータにアクセスし、そのデータをどう共有するかに関する法として個人情報保護法があり、これは、AIの学習能力に影響を与えるでしょう。例えば、

  • 米国のHIPAA法(Health Insurance Portability and Accountability Act:医療保険の積算と責任に関する法律)
  • EUのGDPR(General Data Protection Regulation: 一般データ保護規則)

AIのもたらす可能性を認識したうえで世界中の規制当局は、患者の安全や守秘義務と技術革新へのニーズとを、どうバランスを取っていくか模索しています。たとえば、英国議会が選出したCommittee on Artificial Intelligence(AI委員会)は、2018年末までに国民医療サービス(NHS)に対し、データ共有計画の概要を示すよう指示しています 3

臨床検査と医用画像のデータ統合で、広がる視野
臨床検査と医用画像のデータ統合で、広がる視野

米国の食品医薬品局(FDA)はこの20年、着実に自律性が向上しているコンピュータベースの検出機器や診断装置を承認してきました。

先ごろFDAが承認したAI搭載の医療機器は、以下のようなものをとらえ、撮像します。

  • 脳卒中の兆候を示すコンピュータ血管造影(CTA)画像
  • 糖尿病性網膜症を調べる眼球スキャン
  • 検知しにくい手首骨折のX線画像

またFDAは、公共の安全を守りながら同時にイノベーションを促進する「Digital Health Innovation Action Plan」を導入しました。

現在の規制を考慮すると、漸進的な改良に重点を置くことが大切です。Siemens HealthineersのVision Technologies and Solutionsのディレクター Dr. Ankur Kapoorは以下のように述べています。「初期の段階には、AIはオートメーションなどと組み合わせるとよく、この段階ではパーフェクトである必要はなく、ベターであればよいのです」。規制が刷新され、先進的なプログラムが業界全体で受け入れられるようになると、早い段階でAIを導入した組織は、その技術を全体的に応用できる体制が整うことになるでしょう。

最終的には、規制は新技術に追いつくでしょう -- これまでもそうでした。1913年、X線に対する厳しい規制が敷かれましたが 4、科学者と規制当局は、放射線量の削減と被ばく線量規制を緩和し、現在も用いられている基準を作りました。X線のときと同じように、AIが医療に貢献するという展望があるからこそ、イノベーションを阻むことなく安全にその技術を活かすために、規制当局とAI開発者らがともに協力し合うことが肝心です。

規制に加え、AI導入にとって重要なのは診療報酬の観点です。AI活用によるコスト削減、効率の向上、アウトカムの向上は、医療提供者が革新的な製品やサービスを使用する場合にのみ実現します。公共であれ民間であれ、診療報酬の改定を通じて、AI導入にインセンティブが盛り込まれることが大切です。

効果的なAIの導入に向けて、医療業界にも医療機関にも変化が求められます。学習してそれを応用するためにAIは大量のデータを必要としますが、ひとつの組織だけでは情報量は十分ではありません。必要な規模の例として、米国国立衛生研究所(NIH)の「All of Us Research Program」は、プレシジョン・メディシンを拡充することで個別化ケアと診断精度の向上を目指すとし、100万人規模のデータ収集に取り組んでいます。

AIで成功を収めるためにも、ヘルスケア業界全体が手を取り合い、次のようなデータソースの構築を目指す必要があります。 

  • アクセスできる(Accessible)
  • 相互運用性のある(Interoperable)
  • 標準化された(Standardized)
  • 整理する(Curated)

診断結果を歪める可能性のあるデータの中に潜在的な偏りが出ないようにするため、ベストプラクティスをしっかり確認することも重要です。また、データの匿名化を図り、データの有用性と完全性を損なうことなく情報を保護し、プライバシーを確​​保することも不可欠です。

同時に、それぞれの組織内でAI活用に向けて準備し、意思決定権者にその価値を理解してもらうトレーニングも欠かせません。

サイバーセキュリティは、患者のデータ、運用、およびITシステムを保護するための最優先事項であるだけでなく、システム設計の中核でもあるべきです。

業界の変化
ヘルスケア産業全体がデータのフォーマットと収集の方法を変えることで何らかのベネフィットを得ることができます。

医療機関経営層の66%が、AI活用において標準化が欠如しており、それが大きな課題になると考えています。

なぜなら現状では、部門ごと、病院ごと、または医療システム内だけで、独自かつ不揃いのフォーマットでデータが保管されています。そのせいで、AIのトレーニング、検証、採用、継続的な学習プロセスが制限さてしまうのです。

データ形式を標準化し、医療システムと人口データを全国的および全世界的に連携させることで、個々のシステムやネットワークが、変革を引き起こすAIアプリケーションにアクセスし、活用できるようになるのです。

運営委員会や標準化団体に参加し、必要な議論を交わすとともに、この参加者同士のネットワークを活用して自組織の戦略を策定することもできます。
グループの例:

  • AdvaMedDx
  • Precision Medicine World Conference(PMWC)
  • Medical Imaging & Technology Alliance(MITA)
  • Global Medical Technology Alliance(GMTA)

組織の変化
AI活用の備えとして医療機関に必要なことは、主な意思決定権者のトレーニングや今ある技術をアップデートすることです。AIの本格導入にあたり、技術スキルに差が出ないようにするため、組織はスタッフのトレーニング計画を立てたり、必要なスキルを持つ人材を雇うなど、人事戦略を立てる必要があります。そうすれば、スタッフが技術を習得する頃には、AIを備えたシステムの統合など組織内のプロセス変更も整うでしょう。

新しい技術を統合していくにあたって表面化する課題の数々を解決するには、現在の組織が持つ技術的能力(自動化、デジタル化など)をアップグレードし、AI導入・活用の時期を決めるロードマップを作成する必要があります。

AIは:

  • コストを削減し
  • 診断精度を高め
  • 患者経験を改善し
  • 臨床検査室を初めから終わりまで「つなぐ」

Siemens HealthineersのDr. Ankur Kapoorは、「AIはワークフローを合理化し、スループットを向上させ、医師と検査技師がその専門性をもっとも重要な領域に生かせるよう、効率改善をサポートします」と述べています。自動システムとインテリジェントソフトウエアがヒトの労力を置き換えたように、AIはすぐに人間のインテリジェンスを追い越し、ケア提供を変革していくヒントをもたらしてくれるでしょう。