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次なる医療フロンティア

ロボット活用は、有望なトレンドとなりうるか?

文:Philipp Grätzel von Grätz

|2021-09-13

医療におけるロボティクスは、人間性を失わせるものではなく、クオリティや安全性、アクセスを向上させるもので、低侵襲治療はまさにその好例です。しかし、ロボティクスの秘める可能性はもっと広大なものです。

上海交通大学メディカル・ロボティクス研究所の楊広中(Yang Guang-Zhong)教授は、2020年初めのCOVID-19パンデミックの際、ホテルに自主隔離していました。その間、車輪のついた小さなロボットが部屋のドアまでテイクアウトの食事を届けてくれました。到着すると、ロボットは教授の携帯電話に「ディナーのお届けです」と連絡を入れます。人と接触することはなく、感染リスクもありませんでした。

世界的なパンデミックにおいて、検疫などでロボットが有効活用できることが明らかになりました。しかし、重要なトレンドになる可能性のロボティクス分野で、検疫用ロボットはニッチな例にすぎません。近年、ロボットは自動車や電子機器など製造業に大きな変革をもたらしています。また、ロボットはサービス産業にも変革をもたらし始めています。国際ロボット連盟(IFR)のミルトン・ゲリー会長は「産業用、個人用を問わずサービスロボットの売上は、今後も堅調に伸びると予想しています」と語ります。

COVID-19パンデミックでは、ロボットによる支援が医療にもたらすメリットが示されました。楊教授は「Science Robotics」誌で、この利点について紹介しています[1]。例えば、表面消毒ロボットが利用可能だったら、公共交通機関の安全性を高めることができたでしょう。移動式のスクリーニングロボットは、さまざまな施設で人々の体温を測定し、気づかないうちにウイルスが広がるリスクを減らすことができたはずです。綿棒採取を支援する診断ロボットシステムがあれば、COVID-19の診断に関わる専門家らの安全性を高めることができたでしょう。また、高度な手術用ロボットや低侵襲の血管インターベンション用ロボットは、手術室やインターベンション室周辺の感染リスクを低減するために大規模活用ができたでしょう。COVID-19の広がりを医療用ロボットで管理することについては、日常的な臨床の場では間に合わなかったかもしれませんが、その使用はここ最近明らかに増加しています。医療用ロボットは、業務用サービスロボット市場の中でもかなり大きなシェアを占めており、今後も成長が見込まれています。

market development robotics

医療用ロボットによる手術件数(グローバル)

医療用ロボットの市場は単に拡大するというだけでなく、婦人科や泌尿器科のみならず、他の診療領域にも浸透していくでしょう。

Annual Installation industrial robots

産業用ロボットの国別導入台数(2019年)

世界的に見ても、各国のロボット導入のペースはまちまちです。中国を例に取ってみましょう。中国政府は、熟練労働者の不足を補うためにロボットを優先的に導入しており、これは、産業用ロボットの年間導入台数が世界で最も多いことからもわかります。


中国の労働力不足は特に医療分野において深刻で、OECD諸国では人口1000人に対して医師が3.5人(2017年)いるのに対し、中国では人口1000人あたり医師は2人しかいませんでした。このことは、ロボット市場のデータにも反映されています。2019年には、世界で最も多く利用されている手術ロボットの導入が、前年と比べて8倍以上増加したことがわかります。

Siemens HealthineersのCTO(最高技術責任者)ぺーター・シャルト

Siemens HealthineersのCTO(最高技術責任者)ぺーター・シャルト


Siemens HealthineersのCTO(最高技術責任者)ぺーター・シャルトは、
「人工知能とセンシングシステムを搭載した相互接続デバイスは、一連のケアプロセスを最適化し、臨床結果を改善するための重要な鍵となります」と述べています。

なぜ医療にロボットを導入すべきなのかを見てみましょう。そこには、「アクセスの向上」、「アウトカムの改善」、「標準化」という3つの理由があります。近年、Intuitive Surgical社のロボット「Da Vinci」が、前立腺手術や膀胱切除術、さらには大腸手術などで成功していることからも、ロボット活用にはメリットがあると広く認識されています。これは、従来の腹腔鏡手術だけでなく、血管内治療においても同様です。COVID-19が流行した際、ブラジル・サンパウロの心臓専門医は、インターベンションチームのウイルス感染を減らすため、COVID-19を発症した心筋梗塞患者を対象にロボットによる経皮的インターベンション(PCI)を行うというパイロット研究を実施しました[2]

低侵襲のロボットシステム

低侵襲のロボットシステム

ロボットの活用は、ウイルス感染を防ぐ可能性があるだけでなく、特に手技中画像との連携によりインターベンションの精度を飛躍的に向上させます。血管内治療に低侵襲のロボットシステムを使用することで、より正確にステントを留置することができます。正確なステント留置は、心疾患の予後を長期的に改善することが知られているため、患者にとっても有益といえるでしょう。また、消化器がんの手術では、保護すべき小さな血管や神経、リンパ組織をロボットで発見することで、手術の精度を高めることができます。さらに、ロボットによる支援はスタッフの安全性を高めます。例えば、術者がカテーテルインターベンションを行う際に、X線防護された場所から行うことができます。

このように、ロボット支援の利用拡大は、様々なメリットがあります。ロボットは病院にとって、複雑な治療へのアクセスを向上させ、新たな治療シナリオを導入するのを可能にするためです。特にインターベンション治療や術中画像診断を必要とする手術では、放射線被ばくが低減されるため、術者にとってより安全といえます。そして何よりも、患者にとっても有益です。高い精度と標準化により、より良い治療アウトカムが得られ、合併症も少なく、再手術も減るからです。

医療分野のロボットをめぐる倫理的な議論の多くは、リスク・ベネフィット評価と、ロボットの「自律性」の度合いという2つに集約されます。自律性については、ロボットが医師の作業を補完し、一部のタスクを代行することで、医師は臨床的な意思決定により集中できるようになります。ロボットが医師の代わりになることはありません。機械の方が優れているような小さくて正確な動きをするという点では自律的ですが、それは常に医師の能力の延長線上にあります。操縦席に座っているのは医師です。そしてロボットができること、できないことをいつも監督するのです。


リスク・ベネフィット評価の際に留意すべきことは、単に医療現場にロボットが登場するというだけではないということです。ロボットシステムは、医療現場に登場するだけでなく、そのメリットを十分にアピールし、認められなければならないのです。もちろん、これは容易なことではありません。機械にどれだけの責任を持たせられるのかという問いの答えは、医療領域や治療のフェーズによって異なるでしょう。しかし、根本的な真実があります。それは、ロボットを活用しないよりも、活用したほうが患者の予後がよくなるようになれば、将来的に活用しないということ自体が倫理的に問題となる可能性があるということです。