ドイツ連邦大統領Frank-Walter Steinmeierは、ドイツ未来賞を「人類に自信を与えてくれるアワードである」と表現しています。具体的には、「時代の大きな課題にただ流されるのではなく、基礎的な研究や最先端の研究の成果をもとに、課題を解決に導くことができる」ということです。
今回、Siemens Healthineersのチームを代表して、Björn Kreisler、PhD、Stefan Ulzheimer、PhD、Professor Thomas Flohr、PhD教授が、「フォトンカウンティングCT」プロジェクトで、この賞にノミネートされました。彼らが開発したCT装置は、人体の詳細な情報を提供し、医療用画像領域に「飛躍的進歩」をもたらすと言われています。この装置の核となるのは、個々のフォトンを計測して画像化するという、新しい検出器の原理です。半導体結晶で構成されるX線検出器により、これまで達成できなかった高解像度のCT画像を提供可能となり、貴重な付加情報が得られます。Siemens HealthineersでCT物理学を担当しているThomas Flohr氏はこう語っています。「私たちのイノベーションから得られる付加情報で医師は病気の早期診断が下せますが、診断にとどまらず、治療の決定を導き出し、患者も自らの将来に関与することができるのです」
フォトンカウンティングCTは、循環器系、呼吸器系、腫瘍系、救急医療などの先進医療診断に貢献します。

そして、例を挙げてこの点を説明しています。欧米先進国で最も多い死因の一つが心臓発作です。フォトンカウンティングCTは、これまで心臓カテーテル検査を受けなければならなかった患者さんでも、心臓発作のリスクが高まる冠動脈狭窄を検出することができます。つまり、高齢者の患者の大半は侵襲的な手術を受けずに済むかもしれません。それだけではなく、フォルヒハイムの研究センターでの発明は、他の分野の患者にも恩恵をもたらします。救急医療において、この技術革新は、傷害に関し特に迅速かつ信頼性のある結果を提供することができます。腫瘍部門においては、腫瘍や転移の予備段階を簡単かつ高い精度で検出することができます。これらは、Steinmeier大統領が「時代の大きな課題にただ流されるのではなく、課題を解決に導くことができる」と述べていることにもつながっています。
目的地はわかっているが、道のりは険しい
私たちが患者さんに提供できるものは、より高い信頼性です。また、20年間の研究開発の中では、物理学者や技術者の仕事が成功するかどうか、市場で通用するCT装置が開発できるかどうかが必ずしも明確ではなかったため、将来への自信が必要なこともありました。しかし、この成功に対する自信はどこにあったのでしょうか?誰が最初に確信したのでしょうか?そして、それが時間とともに仕事にどのような影響を与えたのでしょうか。Thomas Flohr氏は、2001年のプロジェクト開始時のことを覚えています。「当時は、検出器材料としてのテルル化カドミウムの利点は原理上では理解できており、CT画像の高解像度化やコントラストの向上につながることはわかっていました。また、個々のX線量とそのエネルギーを個別に検出できることも明らかになりました。解剖学的構造をさらに識別することができ、異なる種類の組織をこれまでよりも確実に区別することができるようになります。しかし、当時のテルル化カドミウムの純度は、医療用画像処理の要件を満たしておらず、また十分な量を入手できないという問題がありました。
先見性と不屈の精神
20年以上にわたる研究開発の成果
プロジェクトは風前の灯
プロジェクトチームは材料の模索から作業を開始し、強力なパートナーとして、日本のアクロラド社と提携しました。自然界に存在しないテルル化カドミウムを人工的に製造する技術を共同開発し、それ以来、このパートナーシップは続いています。「最初の10年間は、医療用CTに必要な特性を得るために、結晶成長を最適化していきました」と、計測技術のプログラムマネージャーであるStefan Ulzheimerは振り返ります。2008年には、最初の試作品が作られました。しかし「また、課題が山積みであることもすぐにわかりました。一時は中止の危機もありました」。その様な状況下、どのようにしてチームは自信を取り戻したのでしょうか。
時には、第三者の新たな目線も必要です。
フォトンカウンティングCT
プログラムマネージャー
Siemens Healthineers

フォトンカウンティングCT
プログラムマネージャー
Siemens Healthineers
外部からの視点で分析することで、研究者は創造活動が行き詰まる危機を脱することができました。シーメンス社の中央研究開発部門の同僚は、市場機会に向けて技術を評価しました。チームが体系的な分析を行ったところ、再調整が必要な具体的な問題が明らかになりました。検出器のシニアキーエキスパートであるBjörn Kreislerは、当時は不屈の精神が必要だったと振り返ります。
「これではうまくいかない」と言われることがあります。だからこそ、将来を見据えたビジョンとあきらめない不屈の精神は、どのような疑念よりも重要でした。
検出器担当シニアキーエキスパートSiemens Healthineers

検出器担当シニアキーエキスパートSiemens Healthineers
優れた技術であっても、手頃な価格でなければなりません
それからの進展は速いものでした。2014年には、アメリカとドイツにおいて第一世代目のプロトタイプを使った最初の臨床試験が行われました。「クリニカルパートナーとの信頼関係が当社の強みになりました」とThomas Flohr氏は語ります。今回も、プロジェクトの進捗状況が第三者の目線から評価され、自信が持てました。
「市場に受け入れられる製品を作ることができる」と確信した日が来ました。
CT コンセプトヘッド
Siemens Healthineers

CT コンセプトヘッド
Siemens Healthineers
技術的には道が開けましたが、「初期のアプローチは法外なほど高価でした」とStefan Ulzheimerは語り、「私たちは商用製品を開発していたのであって、技術的な実現可能性だけを考慮していたわけではありませんでした。どれほど素晴らしい発明であっても、どれほどメリットがあっても、市場で受け入れられなければ意味がありません」と続けます。研究チームは徐々に高品質のテルル化カドミウムを成長させることに成功し、価格的にも受け入れ可能なレベルでの検出器用の結晶を準備することができました。また同時に、フォトンカウンティングCTで得られる膨大なデータを高速に処理できる画期的な画像収集技術も開発されました。2020年に第二世代目のプロトタイプを設置した際に得られたフィードバックにより、臨床現場にとって最適化された装置となったのです。
20年間、複数のチームが分野の垣根を越えて協力し、何か特別なものができると確信していました。その結果をThomas Flohr氏は「失敗すると思われていたプロジェクトを、市場に受け入れられる価格で販売できる医療用CT装置にまで変換しました」と表現しています。
臨床的有益性の確立
ドイツ未来賞を受賞するかどうかにかかわらず、候補者たちの開発は続き、チームはすでに新たな目標を設定しています。「フォトンカウンティングCTが今以上に広く使われるようになることを期待しています。医師の判断材料になることはもちろん、デジタル化が進めば、自動で画像を解析できるようになることを期待しています」とThomas Flohr氏は語っています。目指すべきゴールは明確で、臨床的有益性を確立することです。Stefan Ulzheimer氏は、「5年から10年後には、冠動脈の診断用カテーテル検査を、重要な狭窄の除外で使用することはなくなるでしょう」と物理学者たちのビジョンを描いています。
フォトンカウンティングCTの製造を可能にした、アクロラドの優れた技術
Stefan Ulzheimer (Program Director Photon-counting CT)、Christan Schroter (Project Leader Direct Conversion Materials)が、フォトンカウンティングCTの製造を可能にした検出器や製造工程について語っているインタビューの様子を動画でご覧いただけます。
2021年以降、フォトンカウンティング検出器を搭載したCT装置は日常の臨床診断で使用されています。これにより、Siemens Healthineersは世界的なパイオニアとなり、さらに全く新しい製品ラインを導入することでCTが診断に関わる分野を広げようとしています。そのために、現在、テルル化カドミウム結晶を成長させる装置を増産して、フォルヒハイムの生産工場を拡張しています。
著者について
Andrea Lutz
医療、テクノロジー、ヘルスケアITを専門とするジャーナリスト、ビジネストレーナー
ドイツ、ニュルンベルク在住