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デジタルツインの夜明け

メドテックと人とを使づける


文:Andrea Lutz, Doreen Pfeiffer

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Published on August 31, 2021

|2023-03-13

コンピュータによるシミュレーションは、治療に風穴をあけるだろうか?デジタルツインは、医療の世界を一変させる可能性を秘めています。

データの収集・交換という大きなタスク
ポテトチップスを1袋食べたときの身体へのネガティブな影響と、代わりにグリーンスムージーを飲んだ場合のメリットとを、アルゴリズムで計算することは可能なのか?
しかも、一人ひとりの予後予測をするという形で…。イスラエルにあるワイツマン科学研究所の科学者たちは、このような課題を念頭に研究を行っています。

Digital Twin Illastration

800人の被験者に1週間にわたって血糖値を測定する機器を装着し、食事46,998回分の代謝の個人差を評価しました。また、被験者の食習慣、身体活動、医学的背景、マイクロバイオームに関する情報も収集しました。

膨大なデータをもとに、人工知能(AI)がパターンを特定し、ある種の食品に対して被験者が示す反応はどのようなものかを推定するアルゴリズムを開発しました。その結果、AIが示したガイダンスに従った被験者は、栄養士がアドバイスした比較群と同程度のメリットを享受したという驚くべき結果が得られました[1]


フロリダ大学のシステム生物学者のReinhard Laubenbacher氏は、COVID-19のようなウイルス感染症対策にも、これと同様の技術を取り入れるよう提案しています[2]

Laubenbacher氏は、患者さんの個人データをできるだけ集め、コンピュータで様々な病態のモデルを走らせれば、将来のシナリオをリアルタイムに再現できると提唱しています。

彼のようなシステム生物学者は、細胞と臓器の根本的な関係について研究しています。データを体系的に整理することでそれらの関係が明らかになり、革新的な医用技術や医薬品の開発につながる重要な知見を得ることができるのです。

“デジタルツイン”[3] によるプログラミングは、膨大なデータに依存しています。さらに、新しいシミュレーションを行えるように、常にデータを蓄積し続ける必要があります。

デジタルツインとは、実際の製品やプロセスを仮想的に再現する技術のことで、必ずその製品やプロセスの特性についての情報を含んでいます。このコンセプトはすでに産業界で活用されており、製造業者は開発の一つひとつの段階を、仮想表現を用いてトラッキングできるようになりました。その結果、新製品や改良品の最重要部のテストを非常に早い段階で行うことができ、資源の無駄も減らせるのです。



デジタルツインの技術は産業プロセスの多くの面を改善することができるものの、そこで得た知見を医療に採用するのは、はるかに難易度が高いといえるでしょう。患者さんの全体像の作成には、何百万ものデータセットを用いてニューラルネットワークをトレーニングする必要があります。そうして初めて、このデータを人間モデルに組み立て、個々の患者さんの初期状態を類似のデータセットと比較することで、特定の患者さんに対する結論を導き出すことができるようになります。


また、供給されるデータのクオリティも重要です。たとえば、不整脈や動脈硬化、頻脈などの症状がある患者さんのCTスキャンで優れた画質を実現することは容易ではなく、特に経験値がものをいうことがあります。しかし、アプリケーションによる支援があればパーソナライズされたスキャンを行うことができ、クオリティの高いデータ作成という必要条件も満たすことができます。


特定の年齢層や生活状況において起こりうる反応を一律に示すのではなく、たとえば薬の副作用を個別に予測するような形が考えられるでしょう。あるいは、患者さんの反応を事前に予測できるため、リスクを負うことなく、特定の患者さんの状態に応じて治療を決定することが可能になるかもしれません。とはいえ、臨床画像や血液の測定値をはじめ、検査のたびに更新されるデータをもとに、患者さんの生涯にわたる完全な生理学的モデルを提供するには、道のりはかなり長いと言えます。

しかし、身体の各部位のデジタルツインは、すでに手の届くところにあります。従来の3Dモデルとは異なり、非常にダイナミックで、さまざまなシナリオを実行することができます。なかでも臓器モデルは、臓器や臓器システムの構造と動きをシミュレートし、また、疾患モデルは、進行中の疾患として観察され病理学的プロセスのすべてを明らかにします。将来的には、デジタルツインは病院経営にも応用できるかもしれません。



いつかAIが将来の健康について、個別にアドバイスしてくれるようになる…。ということは、病気の治療のためにある現代医療が、やがて私たちの健康を見守る医療へと取って代わるということでしょうか。病気の早期発見とより精度の高い治療が可能になれば、将来、病気はそれほど深刻ではなくなるのでしょうか。しかし、それらが現実となるには克服すべき課題があります。そしてそれは、技術的なものだけとは限りません。

現代のヘルスケア企業は独自のデータインフラを保持していますが、これらのリソースはほとんど、それぞれのデータサイロに留まっています。データ保護に関する懸念、データ流出の危険、テクノロジーの特殊性など、データを開示しない理由は山ほどあります。しかし、この豊富な情報を活用すれば、根拠を元にした治療方針の決定や副作用の軽減、患者さんのニーズに応じた入院計画、医療機器のカスタマイズなどが容易になるため、ジレンマが生じるのも事実です。

いずれにしても、個々のバーチャルツインを作成するには、慎重に収集されたデータセットをタイムリーに利用できることが基本条件となります。さらに、このデータはその人の生涯を通じて、あるいは死後も、後世の人々のために維持・保管されなければなりません。これこそが問題の核心です。そもそもデジタルツインを作成するのに必要なのは、私たちが生命そのもののように保護しているデータなのですから。


Andrea Lutz: 医療、テクノロジー、ヘルスケアITを専門とするジャーナリストであり、ビジネストレーナーでもある。ドイツ、ニュルンベルク在住。
Doreen Pfeiffer: 医学や生物科学に関連したジャーナリズムを学んだ後、Siemens Healthineersでエディターとして勤務。