意思決定を総合的にサポートし、プレシジョン・メディシンを拡大する

Catherine Shaffer|2018-06-08

臨床ワークフローにおいて複数のデータソースを照合すれば、より精度が高く、コスト効率の高い診断と治療が可能になります。たとえば、心臓血管疾患やがん治療の進歩には、スマートなITツールと学術的なデータ処理の戦略が必要です。

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患者の健康に関するデータ量は増加の一途をたどっており、効率的かつ個別化された診断・治療の決定をサポートしています。「プレシジョン・メディシン」という言葉が広く用いられるようになったことが、新たなパラダイムの到来を示しています。しかし、臨床データ、画像データ、研究室データ、病理データ、ゲノムデータなどのヘルスデータは、現状、それぞれの部門ごとに分かれて管理されています。データ統合が不十分なせいで生じる非効率さは、臨床ワークフローに無駄やエラーを招いたり過度な処置につながるなど、患者に悪影響を及ぼしたり、コスト超過を招くことがあります。Institute of Medicineが2013年に発表した報告書によると、米国では診断情報が不十分なため再検査を依頼しなければならないというような、不要かつエラーを引き起こしやすい医療サービスが、無駄を引き起こす最大の要因になっています。 [1]

複数部門にまたがるデータ処理は、臨床的な意思決定支援を可能に
米国ジョンズ・ホプキンス大学放射線医学・腫瘍学教授 Dr. Ihab Kamel

計算ツールや使いやすいITインターフェースのもと、データソースを有効活用する統合的な診断アプローチが、クリニカルパスを整理し、プレシジョン・メディシンの道を拓くのに役立つと多くの専門家が同意しています。[2] これは、シカゴで開かれたRSNA 2017(北米放射線学会)において、Siemens Healthineersが協賛した特別シンポジウムのトピックでした。[3] 「私たちの目標は、患者一人ひとりに最適な治療を提供する革新的なアプローチを確立することです」と、米国ジョンズ・ホプキンス大学の放射線医学教授 Dr. Ihab Kamelは述べました。

英国ロンドン大学キングス・カレッジの心臓医 Dr. Ronak Rajaniは、心臓血管領域で統合的な意思決定支援ツールがあれば、患者の臨床アウトカムや費用、ワークフローの効率化などの面でプラスの効果が見込めると説明しました。心臓血管疾患の増加により負担が増える一方で、対処するための知識と、医師が扱わなければならない疾患関連のデータも並行して増加していると指摘しました。

たとえば、10年前は胸部の痛みを訴える患者の診断プロセスは比較的単純でした、とDr. Rajaniは述べました。現在では、冠動脈血管CT撮影に進む前に、多岐にわたる情報システム(臨床データ、電子カルテ、血液検査結果、ECG結果、以前の血管撮影画像など)から複数のデータを照合する必要があります。統一したプラットフォーム上にこれらの情報を集約した意思決定支援ツールがあれば、ワークフローの簡便化はもちろん、患者一人ひとりに最適な治療の選択をする助けとなります。

患者のダッシュボードは臨床上の決定を支援します。
英国ロンドン大学キングス・カレッジ 心臓血管CT読影医でGuy's and St. Thomas病院 心臓CT部長のDr. Ronak Rajani

「私たちが必要とするのは多くの臨床医ではなく、スマートなソリューションなのです」と、Dr. Rajaniは強調しました。このように、クリニックにあるワークステーションにコンピューターを統合すると、医療文献にあるベストプラクティスと患者カルテとを照合する機能があるほか、患者それぞれの臨床アウトカムをアルゴリズムが同化し、継続的にその先の治療方針を最適化していくことができるのです。
「私がロンドンで行った2,500回分の心臓CTのスキャンデータと、皆さんがお持ちの意思決定支援ツールを統合し、さらに世界中から9つの心臓疾患センターのものを加えると、わずか1年で患者25,000人分の信頼できる分析データを収集できることになるのです」。

<br/> 医療分野の学際的なデータ処理により、臨床的な意思決定のサポートが可能となります。<br /><br />
米国ジョンズ・ホプキンス大学 ICTRイメージング・トランスレーショナル・プログラムのアシスタント・ディレクター Dr. Katarzyna Macura(放射線科、泌尿器科、腫瘍科)

がん医療は、意思決定のプロセスにおいて大量のデータ統合を必要とします。データ統合には、リスクや腫瘍のステージの評価、チーム内の専門家との調整など課題もあります。たとえば、前立腺がんのリスク評価において、意思決定の課題解決に演算ツールが役立つことがあります。1990年代半ばから、前立腺がんの患者をスクリーニングし、リスクを予測するためにPSAスクリーニングが用いられてきました。米国ジョンズ・ホプキンス大学の放射線学、泌尿器科学、腫瘍学の教授で医学博士のDr. Katarzyna Macuraは、「PSAスクリーニングは死亡率の低下につながる一方で、過剰治療であったり副作用を伴う可能性があります。このジレンマにより、リスク分類とより良い治療計画の策定が必要だということは明らかです」と、述べています。

また、Dr. Macuraは、腫瘍を評価しより正確な生検を行うために、先進的なMRIを活用すると同時に、血液、尿、組織ベースのバイオマーカーを用いて治療計画を立てるよう提案しています。将来的に演算解析ツールやモデリングツールは、ゲノミクス、プロテオミクス、ラジオミクスなどハイスループット技術から得られる複数データを統合することで、過剰な治療を減らしたり、疾患管理の個別化を可能とするでしょう。[4]
 

臨床的な意思決定をサポートする患者情報の概観図「ペイシェント・ダッシュボード」
スイス・バーゼル大学病院 放射線核医学部研究副部長、デジタル診断部門プロジェクトリーダー Dr. Bram Stieltjes

ITを用いた意思決定サポートのさらなる応用可能性として、画像による腫瘍のステージ評価に時間がかかる肺がんが挙げられます。医用画像によるレポートは、その内容と質にばらつきが見られることがあります。さらに、医用画像と臨床データのキュレーションはとても難解なものです。しかし、シンプルな事前作業だけでキュレーションができるソフトウエア・ソリューションが存在します。「私たちはいま、データの爆発的な増加に直面しています」と、バーゼル大学病院 放射線医学部の研究副部長であるDr. Bram Stieltjesは言います。Dr. Stieltjesによると、肺がんのステージ分類プロセスは、ミスが起こりやすかったり非効率だったりするという。たとえば、非小細胞肺がん患者のステージ分類にPET(陽電子放出断層撮影法)を用いるのは標準的な手順であるものの、画像の読影にはおよそ1時間を要するほか、核医学部門内におけるコミュニケーションの多くは最適なものとはいえず、効率をさらに低下させているのが実情です。

 

多くの病院が日常的に、関連情報のすべてを網羅しきれていない自由形式のレポートを作成しています。Dr. Stieltjesは、これが誤ったステージ判定や治療ミスにつながる要因になっていると指摘しています。そのため、RISやPACSに格納された画像データと機械学習機能を持ったデータキュレーションおよび注釈画像を組み合わせた、自動ステージ評価システムを提案しています。ユーザーインタフェースが提供するのは、臨床データの読出しと注釈付きレポートへのアクセスです。このプロセスには、患者データベースに基づく学習フェーズがあり、その後、腫瘍の専門チームや診断部門によって腫瘍のステージ診断が行われます。「人間と機械の相互作用は魔法のボックスではありません。問題を解決するものだと心から信じています」とDr. Stieltjesは強調しました。
 

患者データのダッシュボードは、医療の学際的なデータ処理もサポートしています。
オランダ・ラドバード大学 ブレスト&放射線治療医 Dr. Ritse Mann

とりわけ患者は、臨床の意思決定において自分の希望が考慮されることを望んでいます。オランダ・ナイメーヘンにあるラドバウド大学 ブレスト&放射線治療医のDr. Ritse Mannは、がん治療で専門家チーム(MDT)が決定を下す際にこのことの重要性を強調しました。Dr. Mannによると、専門家チーム内でのプロセスの問題、たとえば、患者データから関連するものをすべて抽出するのに長い時間がかかること、データの不足や見落とし、口頭でのやり取りの入力などがあり、これらがまるで“伝言ゲーム”のようになってしまうことがあると指摘しました。たとえば、専門家チームの会議の議事録は、特別な訓練を受けていない若手スタッフや研修生によって記録されることが多く、不正確なものがある一方で他の医師とのコミュニケーションでは役に立つこともあるのです。

医療分野の学際的なデータ処理により、臨床的な意思決定のサポートが可能となります。
オランダ・ラドバウド大学放射線科部長 放射線医 Dr. Mathias Prokop

患者データの表示を容易にし、関連する修飾薬にフラグを付けるなどの情報ツールによってこれらの問題の多くは克服でき、患者中心の治療を検討することを可能にするとDr. Mannは述べています。しかし、患者からのインプット自体を見逃してはなりません。専門家チームの議論に患者の希望を取り入れることで、個別化医療という現実の選択肢になります。ラドバウド大学の放射線科教授であるDr. Mathias Prokopは「つまるところ、総合的な意思決定の目的はバリューがあるかどうかであり、患者とその人生にとって有意義な成果となるか、ということに尽きるのです」と、述べています。


  Catherine Shaffer  米国ミシガン州アナーバーに拠点を置くサイエンスライター。専門分野はバイオテクノロジー、医薬、IT、医療機器。生化学の修士号を持ち、臨床検査技師としての経歴も持つ。15年以上にわたって医療の進歩についての記事を執筆してきた。