ヘルスケアは今、大きな変革の途上にあり、より効率的で患者中心の医療サービスを前提とするものにかたちを変えつつあります。先ごろドイツで開催されたカンファレンスには、グローバルな専門家やエグゼクティブが一堂に会し、これらをどう実現させるかについて話し合いました。
枠を越え、大きな視点で考える大切さ
ヘルスケアで起こっている大規模な変革により、サミットの参加者はもちろん、世界中の医療従事者が、新しい戦略やアプローチ策定の必要性に迫られています。同時に、バリューに基づいた、より効率的で患者中心の医療サービスを目指すうえでモデルとなりそうなソリューションも、すでにあらわれ始めています。医療システム全体のニーズを満たすべく、これらのソリューションを拡張していくことが、今後の大きな課題と言えるでしょう。これが、ドイツのフランクフルトで開催されたSiemens Healthineersエグゼクティブ・サミットでの中核となる研究成果の1つでした。この会では、国際的な医療機関のエグゼクティブや様々な分野の専門家との対話を通して、ヘルスケアの未来とは何かについて検証されました。
Siemens HealthineersのCEOであるベルンド・モンタークは、初開催となる今回、約20カ国からおよそ50人のエグゼクティブや専門家を前に戦略目標を説明し、「システムの変化に伴う課題を解決し、ヘルスケアを今よりもっと良くする必要があります」と述べました。また、「革新的なアイデアを共有し、同じ業界の人たちとつながり、ベストプラクティスから学ぶための非常にユニークな場です」とサミットについての感想を述べました。このサミットは来年も開催される予定です。
このサミットを主催したSiemens Healthineersにとっても、多くのことを学べた貴重な機会でした、とモンタークは語っています。多くの製品・サービスのポートフォリオが、これまでの放射線医学や検査室技術といった枠をゆうに超えて展開されていることから、Siemens Healthineersは医療従事者のパートナーとして、ヘルスケア業界の変革に役立つシステム横断的な医療インフラストラクチャーを提供することができます。そのなかでSiemens Healthineersは、より精度の高い医療、最適化された医療サービス、患者体験及び満足度の向上にむけて、一貫したデジタル化戦略のもと取り組んでいます。
バリューに基づく医療サービス提供システムの構築
サミットの参加者は、医療サービスの提供そのものがバリューに基づくものに移行していることに対して、時代の流れであり、ヘルスケア業界における自然な成り行きであることに賛同しました。ここでいう「バリュー」とは、医療費に対する手当の割合として解釈できますが、患者自身にとって重要であり、クオリティ・オブ・ライフに影響を及ぼす結果に重点が置かれています。
ドイツ・ハンブルクにある世界最大の前立腺がん治療のデータベースを持つMartini-KlinikのディレクターであるHartwig Huland教授が興味深い実例を示してくれました。
Patient Reported Outcome Measures(PROM)を体系的に分析したことにより、病院が数年かけて着実に手術プロセスを改善したこと、そして手術後に頻繁に見られる失禁や勃起の問題が減ったこと、ドイツ国内や国外の医療機関と比較しても、コストを抑えながらも治療成果のばらつきを抑え、全体的な治療の質を向上できたと述べました。
Huland氏は、「透明性の高い成果測定には投資が必要だが、投資効果は十分にある」と強調します。Huland氏によると、NPO団体「健康成果測定国際コンソーシアム(ICHOM)」は、多岐にわたる疾病における治療プロセス間、及び医療提供者間で包括的な質を比較するための国際的な基準や指標を開発し、価値に基づくケアを促進している。たとえば、英国ウェールズの国民健康保険(NHS)は、すべてのクリニックにICHOMの品質基準を導入しています。
バリューに基づく医療は、明らかにケア提供について根源的な変革を必要としています。病院内の医療、看護、事務などすべてのスタッフが、総合的にきちんと患者中心のケアをしようと協力しあうことが重要な役割を果たしています。「これまで、私たちには臨床的専門性がありました。いま、私たちにはペイシェント・パスウェイ(患者の最適経路)があります」と、スウェーデン・カロリンスカ大学病院のヘルスケア・トランスフォーメーション・オフィス長のAnna Göjeryd Ulander氏は述べています。この革新的とも呼べる施設は、部門や診療科など古い境界をできるだけなくし、患者フローのコスト(治療チェーン全体にそった患者ごとの治療コスト)とバリューについて記録しはじめました。これは、新しい組織構造としても、スタッフとしても、行動変化を求められるプロセスだったのです。総じて、これからのバリューに基づくケアは、高度なITインフラが重要な役割を果たし、ワークフローやプロセスが患者にとってバリューを出せているかを確認したり、再構築したりすることも含まれるでしょう。
プレシジョン・メディシンとケアの変革
成果指向のヘルスケアと密接に結びついているのは、プレシジョン・メディシンの概念です。原則として、患者一人ひとりのケースに応じて、予防、診断と治療を適切なタイミングと正しい手段で、その人に合うようにテーラーメイドして行うことであり、不要もしくは有害なものを避けることを目的としています。
このサミットでは、遺伝データが入手できるようになったことで、多くの場合、テーラーメイドされたカウンセリングや的を絞った薬物療法が現実味を帯びてきているか、すでに実現されるに至った、という発表が行われました。スタンフォード・メディシンXのエグゼクティブ・ディレクターであるLawrence Chu教授は、「たとえば、血液サンプルからDNAを分析してがん患者の化学療法耐性をモニターし、それに応じてクリニカルな決定をテーラーメイドで行うという新しいアプローチがあります。このように、新しいテクノロジーは未来の医療を形づくるでしょう」と、述べました。
プレシジョン・メディシンのもうひとつの例は、放射線学が人工知能によって定量的に変換され(「ラジオミクス」)、広範なデータ分析を用いてまったく新しいレベルの個別化診断と治療計画ができるようになることでしょう。ドイツのマンハイム大学病院の放射線科医Stefan Oswald Schönberg教授は、「我々は放射線医学における数学的な革命を目の当たりにしているのです」と語りました。たとえば、腫瘍病巣の多くは高度な遺伝的不均質性を示しますが、これは治療の成果に重大な影響を及ぼす可能性があります。Schönberg博士は、マシンラーニングやITプラットフォーム、データベースを活用して、遺伝子データと画像データを統合解釈することにより、さらに正確な疾患イメージを提供し、個々の患者に合った治療を行うことができると述べました。
非営利の健康・社会サービスシステムである米国のプロビデンス・セント・ジョセフ・ヘルスの最高クリニカルオフィサー、Amy Compton-Phillips氏は、予防においても個別化が可能であると語りました。たとえば、「ヘルスデータ・クラウド」に個人の健康情報をつなげば、遺伝的要因や生活状況からくる要因など、さまざまなものを互いに関連させて予防について考慮してくれます。このようにして、予測医療、予防医療、パーソナライズ医療、参加型医療(P4メディシン)などへの変換に沿って、患者が自らのライフスタイルを「セルフ・トラッキング」をすることにより、自分自身の健康をよりコントロールすることができます。
患者満足度の向上
すべてのディスカッションでは、それぞれの疾患の経過をより良く管理していく必要性だけでなく、患者およびその家族に自らの健康管理のプロという意識を持ってもらい、ケアについて積極的に関与してもらうことが大事だと強調されました。「患者ファーストとは、ピープル・ファーストを意味します」と、米国クリーブランド・クリニックでペイシェント・エクスペリエンス・オフィスのSusannah L. Rose氏は指摘しています。個人的な経験や他人とのやりとりは、バリューに基づくケアの中でも「バリュー」に値すると彼女は述べています。
最後に、患者の経験に着目することは、「患者が影響をもつ環境において、明らかに競争優位性を持てる」と語るのは、以前はリッツ・カールトンホテルカンパニーで重役を務めており、現在ではニューヨークにある大規模医療組織、ノースウェル・ヘルスのCEOであるSven Gierlinger氏。Gierlinger氏は、近年、患者は消費者のような役割を果たしているため、医療プロセスがの卓越性や安全性とともに、ヘルスケアにとっては新しい「サービス満足度」の重要性を提唱しました。「ヘルスケアは、正真正銘のケアと快適さを患者に提供できる場所であり、それを提供することが私たちの最高の使命です。患者にとっては『一瞬一瞬が大切』であり、このようなカルチャーの変革を推し進めるは、ヘルスケア業界にいるすべての人々の全面的なコミットメントが必要となるでしょう、とGierlinger氏は述べました。
著者について
Martin Linderドイツ・ベルリンを拠点に活動する受賞歴のあるサイエンス・ライター。医学の博士号を取得後、ジャーナリズムの道に進みました。ドイツやスイスの新聞や雑誌に多く寄稿しています。